ゆーたんのつぶやき

株式会社ノークリサーチにてIT関連のシニアアナリストとして活動しています。

顧客に聞くな!



日経情報ストラテジーの2月号に上記タイトルの特集がありました。
製品開発における要件の洗い出しと取捨選択は大変難しいです。
一昔前までは
1. 営業が顧客に「どんな機能が欲しいですか?」と訊き、
  (あるいはアンケートなどの不特定多数からの情報収集
  を実施して)それをエクセルシートにまとめて優先度
  スコアをつける。
2. 開発が営業から提出されたエクセルシートに試算工数
  を記入する
3. 優先度スコアと試算工数の兼ね合いから、どれを取捨
  選択するかを判断する
といった手法をとるケースが少なくなかったかと思います。


ですが、この方法では画期的な製品を生み出すことができない
のは明らかです。顧客が言葉に発する要望はほとんどの場合は
既に現存するものであるからです。中にはまだ世に出ていない
モノをイメージし、それを言葉にまとめて伝えることのできる
先進的な顧客も存在します。ですが、そうした顧客は自社の
指揮の元でそうした仕組みを自分で作ってしまうでしょう。


「そんなニーズはまだお客さんからは聞かないなぁ」といって
新しいトレンドの兆候を自分の目で見極めようとしないままに
のんびり構えていて、いざ新聞などで騒がれるようになると
慌ててそのトレンドを追いかけて実装を急ぐというのでは
どんなに頑張っても三番手、四番手に留まってしまいます。


「Purple Cowを!」「もっと特徴のある製品を!」と叫びつつも
具体的にどうしたら良いかわからず、結局は今まで通りに既存顧客
の要望や意見に基づいて製品の方向性を判断しているというケース
もまだまだあるのではないかと思います。


中でも参考になったのはコカコーラでの「ロールプレイ」の手法です。
実際に消費者の日常生活を再現し、その生活場面の中から製品開発の
ヒントを得ようとする試みです。
ITにおいても最適なユーザビリティなどを検討する際の手法の一つとして
「ペルソナ/シナリオ法」がありますが、『顧客の静的/動的なプロフィール
情報をきちんと把握した上で仮想ユーザーを設定し、設定した仮想ユーザー
にニーズを語らせる』という手法がITに限らず有効だということかと思います。


一方で、冒頭に述べた従来の方式に対するアンチテーゼとして良くやってしまう
間違いの一つが「誤ったワイガヤの運用」です。ワイガヤとは本来ある特定の
課題や問題に対する解決策を模索する際の議論の手法の一つです。上司では全く
気づかなかった解決策を部下が持っているかも知れない、だから上下の隔てなく
意見を出し合い、出された解決策が仮に突拍子もないことだったとしても、すぐ
否定するのではなく吟味してみるということが解決への近道だという発想です。
ワイガヤを行なう際にも開発プロセスというものは当然あったわけで、プロセス
を実践する一場面としてワイガヤが存在します。プロセスに従うと型にはまって
自由な発想が妨げられるからという理由で、開発プロセスの基本そのものを無視
してしまって、全てをブレーンストーミング的に進めることがワイガヤであると
勘違いしているケースがありますが、それではプロジェクトは混乱する一方です。
・とにかく思ったことは口に出そう
・他人の意見に対する批判は厳禁
・結論を急がずにあらゆる可能性を考えよう
このようなルールを設定して、「ワイガヤ方式で画期的なアイデアを生み出そう」
と張り切ってもうまくいくはずはありません。各自が言いたいことを言うだけで
一向に方向性はまとまりません。他社の意見に対して反論することはルール違反
になってしまうので、出された意見は吟味されずにそのまま放置されます。結果
として誰もが無責任な思いつきの意見を言うようになります。場の雰囲気だけは
とても和やかで「こんなのできたらいいね」「こんなもの面白いね」という会話
が続くので、当人たちは何となくクリエイティブな事をやっているような錯覚に
陥ってしまいます。これがこの「誤ったワイガヤ方式」の怖さでもあります。


こうした現象はペルソナ/シナリオ法の運用に際しての注意点としても指摘されて
いることです。各自が勝手に仮想ユーザーではなく、自分の分身としてのペルソナ
を設定してしまったのでは話がまとまらなくなってしまいます。可能な限りの情報
を収集して、全員が納得のできる『共通の仮想ユーザー』を初めに明確に設定する
ことがとても重要です。一昔前に見られた「個々の営業担当が顧客の代弁者であり、
営業の意見が最も重視されるべき」という考え方に基づく製品仕様の決定(つまり、
個別の営業マンが強く押す要望は優先度が高いと見なす)と、その結果としての混乱
(一貫性のない要望の取り入れによって製品の方向性が散逸になる)は、今から思えば
この「複数のペルソナが乱立することによる混乱状態」の典型例だったと見ることが
できるかと思います。


ちなみに弊社ではペルソナに当たるものを「ステークホルダー」と呼んでいます。
日頃どんな責務や業務を負っており、どんな課題を抱えているかをイメージして
それを記載していきます。それと製品の基本コンセプトを付き合わせることで、
基本となる大まかなユースケースを作っていくという流れをとっています。
ですが「どんな課題を抱えているか?」の部分が人によってブレてしまうことが
あるので、やはりペルソナ/シナリオ法くらいに詳細にプロフィールを設定する
必要性を最近はひしひしと感じてきています。


コカコーラのロールプレイでは実際に消費者と同じ生活リズムを実践するという
徹底した「仮想ユーザー再現」を行なっているそうです。モノを作っていると
どうしても無意識のうちに作り手の思考に凝り固まってしまいがちです。それを
防ぐためにはある意味「徹底して顧客になりきる」という機会をきちんと設ける
ことが大事なんだなぁとあらためて思いました。