ゆーたんのつぶやき

株式会社ノークリサーチにてIT関連のシニアアナリストとして活動しています。

SaaSは誰のため?



ここ最近、SaaS(Software as a Service)という言葉
が良く取り上げられるようになってきているようです。
Salesforce.comが日本にも上陸し、AppExchangeなど
のサービスが多くの人の目に触れるようになったことも
大きく影響しているみたいです。


SaasASPの発展型のような捉えられ方をされることが
多いですが、個人的にはASPよりもより広義の考え方と
捉えています。
一言で表現するならば、「所有モデル」から「利用モデル」
への変化であるといえます。従来はソフトウェアを所有し、
それを活用することでビジネスニーズを満たしていました。
SaaSでは企業はソフトウェアを「所有」せず、ベンダーから
何らかの手段で提供されるソフトウェアを「利用」します。
この「利用」の方法はホスティングもあれば、自社内で稼動
させることもありえます。もし、「自社内では運用しない」
ということをSaaSの条件であると規定してしまうと、個々の
PCで動くブラウザはどうなるの?ということにもなります。
(Webアプリケーションではサーバーばかりが着目されますが、
ブラウザもシステムを構成する要素の一つですので、それも
含めたシステム全体として捉える必要があると思います)
ですので、ASPを選ぶか、自社内運用を選ぶかは「利用」手段
の選択肢の問題であって、SaaSの本質的な要件ではないとボク
は考えています。
例えば、業務アプリベンダーがH/Wも含めたアプライアンス
形態で顧客に年額ライセンスで貸出して、逐次機能アップや
機器の交換に応じるという形態を取ったとすれば、アプライ
アンスが顧客の自社内で稼動しているとしても、これはSaaS
の範疇に入ると考えています。


SaaSが登場した背景にはビジネス環境変化や技術革新の速度が
劇的に上がったことが挙げられます。多額の投資をしてソフト
ウェアを購入しても、初期の投資を回収しきらないうちに次の
開発なりバージョンアップなりでさらに多額のコストを支払う
羽目になるというサイクルが続いていたように感じます。
サブスクリプションはバージョンアップにおける顧客の負担を
軽減する効果はありますが、「購入事前予約割引制度」とでも
いうべきもので、顧客が欲しいと思う機能があった時でも次の
バージョンアップを待たなければならないという問題の解決策
にはなっていません。


顧客のビジネス環境の変化に合わせてタイムリーに最新の技術
と機能を備えたソフトウェアを提供し、「買い損」にならない
ように「モノ」ではなく「サービス」を提供しつづけるという
のがSaaSの発想の原点であると思います。
ボク自身、「次のバージョンアップまで待ってください」とか
「バージョンアップにはコストが掛かります」というフレーズ
を言わざるを得ない場面が過去ありましたが、「自分が顧客の
立場だったらとても納得できないよな....」と常々自虐の念に
かられていました。
SaaSはそうした状況を打破できる考え方だと思います。


しかしながら、これを実現するためには自社のプロダクトは
もちろんのこと、その下位のレイヤーも含めてコントロール
できるということが必要になります。せっかく自社のアプリ
の機能アップをタイムリーに提供しようとしても、その下の
APサーバーやDBサーバーのバージョンアップを待たなければ
ならないというのでは今までと変わりません。H/Wも含めて
そうしたことを実現しようとすれば、必然的にホスティング
をしたり、アプライアンスの形での提供という手段を選ぶこ
とになります。SaaSの提供形態の多くがASPであることは
こうした事情からも説明がつきます。


ボクが所属するTommorroWEB事業部でもSaaSの提供を目指して
プロダクトは年額ライセンスとし、利用技術はオープンソース
であることを原則としています。とは言っても、OSはどうにも
なりませんし、Office文書など既に広く利用されているものを
無視することはできないので、その部分での苦労はあります。
ですが、これについてもODFの普及などによって特定のアプリ
に縛られなくなる方向に進みそうですので、将来はどちらかと
言えば明るいだろうと個人的には予想しています。


気をつけないといけないのはベンダーが自社の都合でSaaS
語ってしまうことです。オープンソースソフトウェアの普及
などにより、売り切りの商用ソフトウェアについては将来を
危ぶむ声も少なからずあります。そうした状況を感じ取った
ベンダーが小手先のライセンス変更のような形でSaaSを標榜
し、顧客から見たときにどれが本当のSaaSなのかわからなく
なってしまうということが起きる恐れを懸念しています。
SaaSとは「顧客に継続的かつタイムリーに現状可能な限りの
最善のプロダクトとサービスを届ける」ことをコミットする
ということです。顧客に満足してもらえなければ、初年度で
利用を解約されてしまうかも知れません。ベンダーにとって
は従来の「所有モデル」よりも多くの努力が要求される形態
といえます。
ですが、「継続的な収益が得られる」という稼ぎの部分のみに
着目し、こうしたSaaSの本質的な理念を踏まえずにライセンス
形態を変更すれば、返って顧客に迷惑をかけることになります。


SaaSを検討するにあたっては「自社の収益形態改善という
モノ売り発想を起点としたベンダー側の都合ではなく、顧客
が本当に満足できて、投資効果に見合うソフトウェアを提供
するにはどうすればよいか?」という観点、また自社製品が
依存する他社商用製品の有無などから考えての技術的な実現
可能性といったことをきちんと考えて、小手先のライセンス
変更にならないように真剣な姿勢で望むことがとても大切と
考えています。