ゆーたんのつぶやき

株式会社ノークリサーチにてIT関連のシニアアナリストとして活動しています。

MR式売上予測 vs 1.5倍売上予測



新しい製品の売上予測などを立てる際の考え方は様々なものが
ありますが、普段は下記のような手順を踏むことにしています。


A-1. 対象市場の規模(見込み出荷本数)を巷の統計データ等から試算する
A-2. 自社の「Market Reachability」を計算する
A-3. 自社の商談成約率を計算する
A-1〜A-3を掛け合わせたものを初年度の出荷本数とします。次年度
以降は対象市場の巷での伸び率予測を基本的に参考にしています。


ここでポイントなのは2.の部分です。これは「自社が市場に対して
どれだけの訴求力(知名度)を持っているか?」の指標であると考え
られます。完璧に正確な値を求めることは難しいですが、下記のよ
うな値を現実的な代替数値として使用しています。
B-1. 対象市場をキーワードに検索エンジンでヒット数を見る(TOTAL)
B-2. 「B-1のキーワードかつ自社名または自社製品名」をキーワード
   にして検索エンジンでヒット数を見る(HIT)
B-3  HIT/TOTALの値がMarket Reachability(MR)を表す数値になる
例えば、「ABC株式会社」が「コンテンツマネジメント」の製品を開発
販売しているとします。「コンテンツマネジメント」のキーワードで
平均100000件のヒットがあり、「ABC株式会社 かつ コンテンツマネジ
メント」のキーワードで平均1000件ヒットがあったとすれば、ABC株式会社
がコンテンツマネジメント市場で持っているMRの値は0.01となります。
コンテンツマネジメントをキーワードに何か探しモノをしている人のうち
100人に一人はABC株式会社の製品に遭遇することが期待できるわけです。


A-1にA-2を掛け算することで、「自社製品を見つけてくれるお客様の数」
がわかります。ですが、見つけてくれたお客様全てが買ってくれるわけ
ではないので、最後にA-3を掛けて成約案件数を求めます。A-1を求める
際にコンテンツマネジメントにも様々な分類がありますので、自社が適合
するセグメントを適切に選択し、全体的な市場予測からその分の割合
だけを切り取って、母数が不適切に大きくなり過ぎないようにしておく
ことも重要です。


ここで疑問になるのが、「A-2は自社製品のシェア数値ではダメなのか?」
ということです。一般的にMR値よりもシェア数値の方が高くなります。
ですが、シェア数値は非常に恣意的な値であることが多いです。「コンテ
ンツマネジメント市場」と言ってもWEBサイトのパブリッシングを主体と
したものを指すのか、ECMのようなエンタープライズでの利用場面を主体
とするのかによって対象とする製品カテゴリが大きく異なります。それに
よって自社製品のシェア数値はいくらでも変わってきます。いくつかのシ
ェア数値がある場合、自社のシェアが最も高い統計情報を選択したくなる
のが人情ですが、そうしてしまうと不適切に甘い予測になってしまいます。
ですので、売上予測を立てる時には現在の自社シェアはあくまで参考に留
めて、売上予測の計算要素としては直接は組み入れないことにしています。


こうした方法を以下では「MR式売上予測」と呼ぶことにします。一般にMR値
は自分が感覚的に思っているよりも低い値が出てきます。ですが、それが現
時点での自社の市場への訴求力と考えて、客観的に結果を捉えることが重要
と考えます。


「MR式売上予測」と対極に位置する考え方に「1.5倍売上予測」(?)とでも
呼ぶものがあります。これは昨年度の売上実績を単純に1.5倍くらいにして、
その値に既に確約されている個々の案件で得られる売上などを足し込んで、
通年の予測を立てるというものです。ウソのような話ですが、実際にこうし
た方法で会社を運営していたりする例も見られます。先のエントリに書いた
Bタイプの経営者の方などはこの手法を取り入れていることがあるようです。


「1.5倍売上予測」は客観性や正確性を欠くという問題もさることながら、
予測と実績に乖離が生じた場合に適切な対処ができないという致命的な問題
を抱えています。
「MR式売上予測」の場合であれば、実績が予測をした回った場合には
下記のように順に原因を分析して対応を講じていくことができます。
C-1. 対象市場全体の伸びは予測と合っているか?
   →もし合っていなければ、自社のみならず対象市場全体が伸び悩んでいる。
    単に普及に時間的な遅れが見られるだけであれば、しばらく辛抱すると
    いう手もあるし、視点を変えたアピールを打ち出すという対応もある。
C-2. 自社のMR値に変化はないか?
   →プレスリリースや広告などをサボったり、情報発信が滞ったことにより、
    自社のMR値が下がっていないかをチェック。自社のMR値に変化はなくても
    競合他社のMR値が上がっていることもあるので、合わせてチェックする。
    広報・マーケを主体に製品知名度の回復や向上に努める対策を講じる。
C-3. 個々の案件成約率が低下していないか?
   →製品のアピール方法が誤っていたり、製品の品質やサポートサービス
    質の低下などによって顧客満足度が落ちていないかなどをチェックする。
    開発・サポートを中心に製品やサービスの競争力や品質向上に努める。
要は予測が理論的な積み上げになっているので、原因を探る場合にもそれと同じ
順序で検証をしてくことができるはずだということです。一方で「1.5倍売上予測」
の場合にはそもそもの理論的根拠がないために、対処も勘で行なうことになります。
Bタイプの経営者は営業マンからのたたき上げである場合が多いせいか、営業マン
の増員や稼動の増加といった対処を採るケースが多いように見受けられます。もし
原因がC-2のようにマスに対する情報発信の不足による製品知名度の低下にあると
したら、営業マンの稼動を増やして対処するのは適切な方法とはいえません。営業
マンは数少ない顧客を獲得しようとするため、個別の顧客要望を重視するようにな
ります。当然、それは製品仕様に反映されるわけで、これを繰り返すことにより、
製品性格がますますニッチな方向へ傾いてしまうという負の連鎖を起こす危険性が
あります。短期的には売上が回復するように見えるのですが、中長期的には自社を
よりニッチな存在へと追い込むことになります。営業マンとしての短期的な視点し
か持てなかったり、「物事は原因が生じて結果が出るまでには時間的遅延が存在す
る」という事を体感できていなかったりすると、こうした手段を採ってしまうこと
があります。


MR値を向上させるためには製品バージョンアップ時にまめにプレスリリースを打っ
たり、定期的なセミナーやメルマガなどで地道な情報発信を続けたり、恒常的な広
告活動を行なったりという継続的な努力が欠かせません。ですが、これらの活動は
いずれも実施効果が単年では得られないものが多く、効果は往々にして遅延して現
れます。営業からの叩き上げであるBタイプ経営者の場合は単年度のスパンを越えた
プランを立てることがとても苦手なので、その年度のうちに目立った効果が現れな
いとすぐに実施を止めてしまいます。雑誌広告などはその最たる例で、数年に渡っ
て「いつも載っている」ことが大事なのですが、効果がないということで1,2年で
止めてしまったりします。途中で止めるというのは初めからやらないよりも悪影響
を及ぼすことが多く、MR値を下げてしまう要因になりますので注意が必要です。


「1.5倍売上予測」主義の経営者に「MR式売上予測」を理解してもらうのはとても
大変だと思われます。「1.5倍売上予測」の経営者の方は往々にして夢見るタイプ
が多いため、「この製品はもっと売れるはずだ」「この革新的な技術があれば、
デファクトスタンダードも夢じゃない」「バーンといくんだ、バーンと」みたいな
ノリになったりします。「MR式売上予測」は現在の会社の実力を色濃く反映します
ので、夢見るようなプランにはならずに極めて控えめな売上予測数値となります。
「1.5倍売上予測」の経営者からすれば、その数値は大変不満で「こんなくらいだ
ったらやらない方がマシだ」という話になってしまって、結局のところ勘に基づく
「チャレンジ目標」なるものが設定され、理論に基づいた目標値は個別の担当者の
中だけに存在する「これが現実なのに目標」となってしまうわけです。当然ながら
「チャレンジ目標」はその会社の実力を正しく反映したものではなく、よっぽどの
売上押し上げ要因が突発的に発生しない限りは達成は困難です。結局、年度の半ば
過ぎになって達成が難しそうだということを皆が薄々と感じつつも「何とか頑張ろ
う!」という精神論が先行して、何故目標に到達できないのか?の分析が行なわれ
ないままに年末を迎えます。そこで年度末には「結果は残念だったけれども、チャ
レンジだから仕方ない」ということになって、目立った反省もなくまた来年度に同
じことを繰り返すというパターンが見られることがあります。また、このタイプで
は売上目標を上方修正しているのに、それに必要なリソースプランは当初のままと
いうことも良くあります。そもそも目標設定が勘なので、それを達成するリソース
をきちんと洗い出して積み上げてプランを立てるということは全く考慮に入ってい
ないわけです。こうなると、プロジェクト責任者の方がいろいろと苦労することに
なります。「1.5倍売上予測」主義をどうやって打ち崩していけば良いか? という
のはとても頭の痛い問題ではあるのですが、夢を見るのは自分の心の中だけにして
経営の場面では現実に即したプラン立てを心がけていただくように訴え続けるしか
ないかも知れません(T_T)


ビジネス書を読むと「売上予測はある程度『エイヤッ』で思い切って立てるしか
ない」と書いてありますが、これは勘でやっていいという主旨ではないと思って
います。『エイヤッ』でやった後に何処をどう直すべきかがわかる『エイヤッ』
でなければならないわけで、「チャレンジすることはいいことだ、来年はもっと
頑張ろう!」で終わってしまって良いものでは決してないはずです。


革新的な技術や新しいアイデアが出てくると、それに過剰な期待を寄せてしまい
一気に製品が爆発的に売れるかのような幻想を抱いてしまうことがあります。優
れた製品、優れた技術であっても世間の目に触れなければ何にもなりません。目
に触れたとしても売り方が間違えば買ってもらえませんし、そこで爆発的にヒッ
トしたとしてもサポートやアフターケアがしっかりしていなければすぐにそっぽ
を向かれてしまうでしょう。製品を売るというのは農業と一緒で、どんなに品種
改良をしたり、肥料を良くしたりしても、1年かかる作物が1ヶ月で実るというこ
とはあり得ません。種さえまけば勝手に育つ作物だって存在しませんし、風や鳥
や蜂の助けなしに自力で動き回って受粉する植物というのもいないでしょう。(
もしかしたらアマゾンの奥地あたりにはそんなのが生えているかも知れませんが)


営業からの叩き上げで、特に消費財などを扱ってきた経験を持たれている経営者の
方の場合には、とかく「パアッと花咲く」というシナリオに思いを馳せてしまいがち
です。ですが、実際には地道でコツコツとした積み上げを長い時間をかけて行ない、
それでようやく初めて蕾がつくかな、といったくらい気の長い話だと思っています。
何かの革新的な技術やアイデアで「バンッと一気に挽回してトップに踊り出る」と
いう幻想は早めに捨てて、一日一日の努力をしっかり続けるというスタンスを採る
ことが大切だとあらためて思います。