ゆーたんのつぶやき

株式会社ノークリサーチにてIT関連のシニアアナリストとして活動しています。

千円札は拾うな



地下鉄でも宣伝されていて、ビジネス書籍ではトップランキングに
なったということで、既に読まれた方も多いのはないかと思います。


書かれていることはどれも正論ですし、大変勉強になります。
ですが、仕事の現場に対する理解が薄い経営層が本書を読んで
主旨を正しく汲み取れずに勘違いしてしまうと、現場を無視した
マネジメントをしてしまう危険性もあるように感じました。


普通に書評をしたのではつまらないので、ここではあえて
そうした「勘違いの危険性」という観点から同書の中の
トピックのいくつかについて感想を書いて見ました。



【優秀な人材には仕事をさせない】
能力のある社員に定型的な業務をさせるのはもったいないので、
時間と余裕を与えて創造的な仕事をさせようというものです。


『そうしたいのは山々だけど、トラブルシューティングなどの
緊急性の高い仕事はどうしても優秀で責任感のある人材に負荷
が集中しちゃうんだよね』というのが実情かと思います。


そうした実情を踏まえて起こりうる勘違いとしては


1. 人的采配を間違えてしまう
2. 過剰な負荷をかけてしまう


というものが考えられます。


1.は『優秀で責任感もあるA君には今の日常業務を引き続きやって
もらわないと会社が回らない、だけど次の施策も打たないと不安
なので、とりあえずB君にやってもらうことにしよう』という風に
本書でのアドバイスを中途半端に実践してしまうケースです。
B君はまだまだ日常業務で経験を積むべきで、自由な時間を与えら
れても、それを生かして何らかのアウトプットを出すだけの力が
ないにも関わらず、ちょっとしたプロトタイプを作らせたりする
ことで、何となく将来への施策を打っているかのような自己満足
や錯覚に陥ってしまうというパターンです。


2.はA君にさらに負荷をかけて深夜だったり休日だったりといった
時間に次の施策へのタスクを無理矢理入れ込むというものです。
A君としても日常業務だけではスキルアップができないことを自覚
しているので、多少無理をしてでも頑張ろうとします。当然ながら
そうした状態が続けば、体を壊したり、バーンアウトしてしまうと
いうことが起こりえます。


大事なことは経営層がA君のような人材に過剰に甘えないことです。
この手の人材は経営層からは見えない細かなマネジメント上の問題点
を自身のパフォーマンスの高さでカバーしているケースがあります。
例えば、製品サポートの方針が曖昧になっており、本来は会社がその
方針を定めないといけないのが放置されたままだとしましょう。その
時にA君は個々のお客様を大事にして、個別に状況を判断して黙って
サポートをしていたりするわけです。こうした状況を把握しないまま
「とりあえずアイツにやらせておけばいいさ、モノが売れればそれで
いいじゃない」という考え方を経営層が持っていると問題になります。


ありきたりですが、まずは経営層が業務の現場や社員の負荷状況を自身
の目で見て把握して、適切に負荷を分散することが重要だと思います。
B君を育てるよりもA君に任せきりにした方が短期的には有利ですが、
中長期的な組織運営にとってはマイナスです。月々の売り上げばかりを
追いかけているとそうした人的リソース配分をしてしまいがちです。
長い目で見たチーム編成&育成をすることが大事だとあらためて思います。

【売り上げを伸ばすために顧客を捨てる】
どんなに質の高いサービスを提供したとしても、クレーマーになる顧客
は少なからず存在するものであり、そこにリソースを裂くべきではない
というものです。


これも場合によっては勘違いしてしまうケースがあるように感じます。
例えば、顧客A、顧客B、顧客Cのそれぞれから1000万円、3000万円、500
万円という売り上げを得たとしましょう。そして顧客Cから製品サポート
に関する苦情を受けたとします。売り上げ優先主義の経営だと、ここで
『C社なんてさほどメリットないんだから、適当に対応しておけばいい』
という風になります。C社のクレームを売り上げに基づく重み(1/9)で見て
いるわけです。ですが、そのクレームの元になった原因が製品そのものに
あったとすれば、同じクレームがA社やB社から上がったかも知れません。
その場合には重みは1/3と考えるべきなのです。この手の本を読んだ後は
物事が大局的にわかったような気分になり、気持ちが大きくなるという
心理的効果があります。それにどっぷり嵌ってしまって、『全ての顧客を
満足させることはできないんだ』と言って、1/3で考えるべきリスクを1/9
で考えてしまうという危険が潜んでいるように思います。


もちろん、本書の中では「売り上げに貢献せず、社員のモチベーションを
下げる顧客を見極めることが大事」ときちんと書かれていますが、それを
乱暴に解釈してしまうケースがあるかも知れないということです。


【二十メートル掘り進めた穴を潔く捨てられるか】
過去の取り組みに固執したり束縛されたりせず、時にはスパっと
あきらめて、新しいことに取り組むことが大事だということです。


これについても経営層が流行に流されやすいと誤った行動に結びつく
可能性があります。例えば、新技術がとても魅力的に映ってしまい、
その宣伝文句を鵜呑みにして製品を刷新しようとするケースを考えて
みたいと思います。そうした場合には既存顧客のサポート継続や製品
の互換性などをしっかりと練らないといけません。ですが、「ソフト
ウェアというのは売り切りのモノではなく、お客様が常日頃使い続け
ているものだ」という意識が薄く、モノ売り発想が強い経営志向だと
『新しい製品でシェアを拡大すればいいじゃないか』となってしまい
ます。本書のこのトピックはそうしたモノ売り発想経営に対しては、
既存のお客様をないがしろにしてしまう後押しをしてしまう危険性を
はらんでいます。もちろん、モノ売り志向ではない大多数にとっては
このトピックは然るべき取捨選択を行うに際しての貴重なアドバイス
であることは言うまでもありません。

以上、ちょっと斜に構えた書評になってしまったかも知れませんが、
本書はページ数も少なめで、手軽に読めて参考になる点の多い良書と
思います。その読み易さや手軽さゆえに、場合によっては勘違いを
引き起こしてしまう危険性もあるだろうと思い、気になったトピック
について感想を書いてみました。


ビジネス系のエントリだと長くなりがちですみません.....